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東京高等裁判所 平成6年(ラ)424号 決定 1994年8月10日

抗告人

別紙抗告人目録記載のとおり

主文

一  本件抗告をいずれも棄却する。

二  抗告人らの当審における予備的申立てをいずれも却下する。

三  抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

第一  抗告の趣旨

一  原決定を取り消す。

二  抗告人らが原決定別紙休日目録記載の各日を個人別休日として行使できる地位を有することを仮に定める。

三  (当審における予備的申立)

1  抗告人らが年間一六日の個人別休日を有する地位にあることを仮に定める。

2  抗告人らが平成六年一月よりその所定労働時間が一八五六時間である地位にあることを仮に定める。

第二  当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実は、次のとおり付加、訂正するほかは、原決定の理由欄の第二項に説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原決定二頁九行目の「肩書地に本社を、大崎、芝浦、厚木、幕張、仙台等に事業所を」(本誌六五五号<以下同じ>50頁2段26行目)を「東京都品川区北品川に本社を、同区大崎、同港区、神奈川県厚木市、千葉県千葉市、宮城県仙台市等に事業所を」に、同五頁二行目の「右合意により」(50頁4段13行目)から同四行目の「個人別休日は、」(50頁4段16行目)までを「右合意に基づき、被抗告人は、抗告人らが従前取得していた六日と合わせ、合計一一日を個人別休日とし、そのうち一〇日をフレックスホリデー(連続取得を原則とする。)、一日を狭義の個人別休日とすることにした。そして、具体的な日にちは、平成四年一一月三〇日から同年一二月一一日までの間に」にそれぞれ改める。

2  原決定六頁三行目の「時短」(51頁1段6行目)の次に「(本件時短協定と同内容のもの)」を加え、同五、六行目(51頁1段7~11行目)を次のとおりに改める。

「 右申入れに対し、ソニー労組は、会社の一方的な判断で本件時短協定の実施を延期することは許されないと主張するとともに、平成五年一二月七日の団体交渉の場において、平成六年一月からの四〇時間の時間短縮を行う方法については、年間五日の個人別休日の取得で合意するとの意向を被抗告人に示した。

被抗告人は、平成五年一二月八日、従業員に対し、平成六年の個人別休日の合計を一一日とする通知を行い、同年一二月九日から同月一七日までの間に、各従業員が希望日をコンピューター端末からPAWSTEPに入力するように指示した。抗告人らは、右PAWSTEPに一六日の希望日を入力しようとしたが、一一日を超えて入力できなかったため、やむなく一一日のみを入力し、これについては同年一二月二四日に確定した。」

3  原決定七頁三行目(51頁1段25行目)から同五行目(51頁1段30行目)までを次のとおり改める。

「 抗告人らは、被抗告人に対し、本件時短協定に基づく平成六年の所定労働時間の四〇時間短縮について、平成五年一二月二五日付書面(<証拠略>)をもって、次のとおりの内容の通知をした。

(1) 四〇時間短縮の消化方法を個人別休日五日間とする。

これは、平成四年春闘の団体交渉での会社発言『時間短縮の消化方法は個人別休日としたい』、及び平成五年一〇月五日付の平成六年時短を実施しないとする申し入れ以降の時短問題の団体交渉の中での会社発言『平成六年に時短を実施する場合、消化方法は個人別休日としたい』とのことから、平成六年に限りその消化方法について同意するものである。

(2) 会社が実施した一二月一七日締切のPAWSTEPによる平成六年個人別休日の申請では、右(1)項の個人別休日五日間の設定が不可能であった。このため、本件基本協定に基づく平成六年四〇時間短縮申請者の第一次分を別紙のごとく提出する。

そして、右通知書の別紙には、抗告人らの個人別休日設定日として、原決定別紙休日目録のとおりの日にちの記載がある。」

二  主位的請求について

1  まず、被保全権利について判断する。

抗告人らが所属するソニー労組と被抗告人との間において本件時短協定が締結され、平成六年一月からの所定労働時間を一八五六時間とすることにより、平成五年(暦年)に比較して四〇時間の所定労働時間の短縮を行うことが合意されたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、本件時短協定においては、右短縮時間の消化方法について各事業所ごとに対応することと規定されており、現に平成五年に実施された四〇時間の所定労働時間の時間短縮においても、ソニー労組と被抗告人とが個人別休日の取得によりこれを消化することを合意した後、被抗告人において、抗告人らが従前取得していた六日と合わせて合計一一日を個人別休日とし、そのうち一〇日を連続取得を原則とするフレックスホリデーと、一日を狭義の個人別休日とすることにし、さらに、抗告人らの希望を基に調整をした上で決定されたものであることも当事者間に争いがない。

会社側と労働組合との間の労働協約において、年間の労働時間についての合意がある場合、その労働時間及び日の割り付け指定は、基本的には、労働基準法等の法規に違反しない限り、雇用者である会社が就業規則の形で決定し得るものであり、会社が労働組合とその労働時間及び日の割り付け指定方法について合意している場合は、その合意に従って各被傭者の具体的労働時間及び日が確定するものである。本件のように年間労働時間の短縮が労使間で合意された場合においても、短縮時間の割り付けは、労働時間及び日の消極的割り付けの意味を有するので、右の原則が妥当するものであり、会社がその短縮時間の割り付け指定、すなわち消化方法について決定し得るものというべきである。

そうすると、抗告人らの主張する原決定別紙休日目録記載の設定日の休日としての取得は、被抗告人の具体的な休日の指定ないし休日の指定方法の決定によって初めて具体的に可能となるものというべきであるから、平成六年の労働時間の短縮の消化方法については、未だ平成五年の場合のように労使間の合意が成立するに至っていないことが明らかである以上、抗告人らが原決定別紙休日目録記載の各設定日について個人別休日とすることができる地位にあるものとは認められない。

なお、平成六年の労働時間の短縮の消化方法について、特段の合意がない限り、平成五年の労働時間の短縮の消化方法についての合意内容と同様の扱いをすべきことになるものと解さなければならない合理的根拠はない。

2  抗告人らは、平成六年一月からの所定労働時間四〇時間の短縮方法について、被抗告人が平成四年当時から個人別休日五日とすることを明言していたこと、及び、平成五年の事業所ごとのソニー労組と被抗告人との交渉では中央の交渉に委ねることとされ、中央の交渉ではソニー労組も個人別休日五日とすることに同意することを明らかにしていたこと等から、抗告人らが前記(原決定引用部分)平成五年一二月二五日付書面で平成六年時短分五日の個人別休日の指定をし、被抗告人がこれに対する調整をしなかったことにより、右休日は右各指定日に確定した旨主張する。そして(証拠略)(被抗告人の広報センター発行の「ソニータイムズ」と題する広報誌)には「計画取得できる所定休日の増加平成五年に五日、平成六年に五日の計一〇日」「社員が個人別に計画して取得できる休日として、フレックスホリデーとは別に平成五年(暦年)に五日、平成六年(暦年)にさらに五日増加する。この休日の導入により、平成五年四〇時間、平成六年四〇時間、合計八〇時間の労働時間短縮が実現する。」旨の記載があることが認められる。

しかしながら、右は広報誌の記載に過ぎないから、これをもって平成六年実施にかかる時間短縮の消化方法についての被抗告人のソニー労組ないし抗告人らに対する申込みと解することはできないから(なお、抗告人らは、平成四年の春闘の団体交渉の場において被抗告人から「時間短縮の消化方法は個人別休日としたい」との発言があったとも主張するが、右発言も平成六年の時短の消化方法に関する具体的な申込みとは解することができない。)、抗告人らが具体的な設定日を明示して個人別五日の休日の受諾の意思を被抗告人に表示したとしても、それにより個人別五日の休日を取得するものとも、その表示にかかる各設定日を休日として取得するものともいうことはできない。

3  抗告人らは、本件時短協定に基づく四〇時間の時短については、抗告人らと被抗告人とが協議してその実現方法を決定するという方法で実現してきたものであり、平成四年秋の事業所ごとの交渉で消化方法として議論されたものは、一日の時短、一斉休日、個人別休日のみであり、他の方法はないことから、被抗告人はソニー労組との協議により時短の実現方法を選択できるという意味では選択債権における債務者類似の立場にあったとして、民法四〇八条の趣旨を類推適用して、被抗告人が平成六年の時短についてソニー労組との協議に応じない場合、時短の実現方法を抗告人らが選択できるようになったとみなすべきである旨主張する。

しかしながら、労働時間及び日の割り付け指定に関する前述の原則に鑑みれば、短縮時間の消化方法について事業所ごとに協議し、これに基づき被抗告人が抗告人らに具体的な日にちを休日として付与することが、被抗告人が数個の給付を選択するという法律関係ないしその類似の関係にあるものとは認められないから、抗告人らの右主張は容認できない。

4  また、抗告人らは、民法一三〇条の条件成就の妨害の規定の類推適用ないし信義誠実の原則から、抗告人らが本件時短協定に基づく休日設定の具体的な権利を有していると解すべきであると主張するが、右主張も容認することはできない。

三  予備的請求について

1  抗告人らは、本件時短協定に基づき平成六年一月より四〇時間の短縮を受ける権利を有しているところ、組合において当初会社が考えていた年間五日の個人別休日というプランに応じることを明らかにしたのであるから、選択債権の法理等により各人の権利となったとして、平成六年時短分として年間五日(承認されている分と合わせ年間一六日)の個人別休日を有することの確認(予備的請求の趣旨1)を求めるが、仮に年間労働時間の短縮について抗告人らの主張を認める余地があるとしても、その短縮時間の消化方法について、会社の決定ないし労使間の合意がない以上、個人別休日五日の取得という具体的な権利を有しないことは前記二で説示したとおりであるから、右申立ても容認できない。

2  また、抗告人らは、抗告人らが平成六年一月よりその所定労働時間が一八五六時間である地位にあることの確認を求めるが(予備的請求の趣旨2)、このような抽象的な権利を有する地位を確認しても、これに基づいて具体的な時間短縮の利益を受けることができない以上、抗告人らに著しい損害又は急迫の危険が生ずるものとはいえず、これの回避を図る必要性も認めることはできないから、右申立てについては、具体的な保全の必要性を欠くものといわざるを得ない。

第三  よって、抗告人らの主位的請求に関する本件仮処分申請を却下した原決定は、結論において相当であり、本件即時抗告はいずれも理由がないからこれを棄却し、抗告人らの当審における予備的請求はいずれも失当であるからこれを却下し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 林道春 裁判官 柴田寛之)

抗告人目録

抗告人 東健治

外二〇名

右代理人弁護士 船尾徹

同 塚原英治

同 則武透

被抗告人 ソニー株式会社

右代表者代表取締役 大賀典雄

右代理人弁護士 馬場東作

同 高津幸一

同 高橋一郎

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